市町村地番図データに関する重要判例
判例概要
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判決の趣旨:大阪高裁 平成21年9月10日判決(平成21年行コ第65号、原審・神戸地方裁判所平成20年行ウ第33号)
最高裁判所 平成22年7月6日決定 (平成21年(行ヒ)第464号) 上告不受理
(いわゆる「西宮市地番図データ公開事件」)
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本件地番図公開に関しては、地方税法22条上の「秘密」該当性や個人情報保護等がしばしば問題となります。しかしながら、裁判所が平成21年9月10日の大阪高裁判決(上告不受理により確定)で示した争点・結論は、以下のポイントに要約されます(判決中の表現・論点順に沿ってまとめています)。
■争点1:地方税法22条の「秘密」に該当するか
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判決の趣旨:
・地方税法22条が保護する“秘密”とは、納税者の申告内容や資産評価など「公にされていない個別の財産情報」を指す。
・一方で、土地の区画・地番・位置・形状は不動産登記法14条の地図(公図)等でも本来公開が予定されている性質の情報であり、租税上の秘密には該当しない。
・よって、仮に課税目的の地番図であっても、当該部分が「秘密」に当たるとは言えない。
■争点2:個人情報保護(「通常他人に知られたくないと望む個人情報」に該当するか)
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判決の趣旨:
・判決は、単なる地番や形状情報は「外部からも容易に把握可能」であり、「不動産登記法上も本来公開が前提とされる情報」と判断。
・よって、個人を直接識別できる個人情報には該当しない。
・さらに、課税区分等が記載されていたとしても、それだけで個人を特定することは困難であるし、外観や既存情報から推測可能な程度の情報であれば「保護すべき秘密」には当たらないとされた。
■争点3:公開による混乱や不正な利益・不利益の発生
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判決の趣旨:
・公開によって「市民の間に混乱を生じさせるおそれ」「特定の者に不正に利益・不利益を与えるおそれ」があるかが検討されたが、裁判所はその具体的危険性は認められないとしている。
・既に他市町村でも同種の地番図が公開されており、大きな混乱等は生じていない点が判決理由に挙げられた。
■争点4:事務事業の公正かつ円滑な執行への支障
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判決の趣旨:
・地番図を公開しても、納税者が申告を拒んだり協力をしなくなるという具体的証拠は見当たらない。
・むしろ裁判所は、公図類似の情報の公開は行政事務に支障を来すものではないと結論づけている。
■総合結論
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・判決は「課税地番図」も非公開事由に該当しないと判断し、市町村の非公開決定を取り消した。
・その上告受理申立も最高裁で不受理となり、本判決は確定判決として効力を持つ。
・よって、地番と区画程度の情報の公開は法令上問題なしとの司法判断が確立した。
市町村地番図データは、公文書公開請求により誰でも取得可能です。情報公開条例では、公文書は「組織として作成または取得し、組織的に用いるもの」と定義されており、税務課保管の市町村地番図も当然対象になります。… pic.twitter.com/FUDBL5rpXn
— 須部和孝 (@sube_seien) February 26, 2025
判決文全文
神戸地方裁判所 平成20年(行ウ)第33号 公文書非公開決定取消請求事件
平成21年3月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成20年(行ウ) 第33号 公文書非公開決定取消請求事件 (口頭弁論終結日・平成21年1月20日) 判 決 原 告 被 告 西宮市長 同代表者兼処分行政庁 西宮市長 被告訴訟代理人 主 文 1 西宮市長が、原告に対し、平成20年5月16日付けでした公文書非公開決定を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文同旨 第2 事案の概要 本件は、原告が、西宮市情報公開条例(昭和62年3月25日西宮市条例第22号。以下「本件条例」という。)に基づき、西宮市長に対し、「西宮市における平成20年1月1日の状況に整合させるための「土地評価用図面出力等業務仕様書」に基づいて得られた「修正地番図データファイル」の複製」の公開請求をしたところ、西宮市長が、同請求に係る公文書を「地図マスター」と特定した上で非公開とする決定をしたため、その取消しを求める事案である。 1 容易に認定できる事実等 (1) 本件条例のうち、本件に関連する主な定めは以下のとおりである(甲3)。 第1条(目的) この条例は、市民の知る権利を尊重し、公文書の公開を請求する権利を保障することにより、市の諸活動を市民に説明する責任が全うされるようにするとともに、市民参加による開かれた市政の推進を図り、市民の市政への信頼を深め、もつて市政の公正な運営の確保に努めることを目的とする。 第3条(実施機関の責務) 「実施機関は、市民の公文書の公開を請求する権利が適正に保障されるように、この条例を解釈し、および運用しなければならない。 第5条(請求権者) 何人も,実施機関に対し、公文書の公開を請求することができる。 第6条(公開義務) 実施機関は、公文書の公開の請求( 「公開請求」という。)があつたときは、次の各号のいずれかに該当する情報(以下「非公開情報」という。)が記録されている場合を除き、公開請求をした者(以下「請求者」という。)に対し、当該公文書を公開しなければならない。 1号 法令若しくは条例の定めるところにより又は実施機関が法律上従う義務を有する国の機関等の指示により、公にすることができない情報 2号 通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報で、特定の個人が識別されうるもの。ただし、事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。 5号 市の内部又は市と国等との間における調査,検討,審議、企画等の意思形成過程に関する情報で、公開することにより、率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ、不当に市民の間に混乱を生じさせるおそれ又は特定の者に不当に利益を与え、若しくは不利益を及ぼすおそれがあるもの 6号 市又は国等が行う立入検査,試験,入札,交涉,涉外,争訟,人事その他の事務事業に関する情報で、公開することにより、当該事務事業又はこれと同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じるおそれのあるもの 第10条(公開請求の手続) 1項 公開請求をしようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書(以下単に「請求書」という。)を実施機関に提出しなければならない。 1号 公開請求をしようとする者の氏名及び住所(法人等にあつては、名称,事務所又は事業所の所在地及び代表者の氏名)。 2号 公開請求に係る公文書を特定するために必要な事項 3号 その他実施機関の定める事項 2項 公開請求をする者は、実施機関が公文書の特定を容易にできるよう必要な協力をしなければならない。 (2) 被告は、固定資産税評価のために土地の実態を反映した現地復元性の高い地図(以下「使用図」という。)を整備する必要があったことから、昭和40年代から使用図の作製を始めた。使用図の元になるデータは、地番図データ、地形図データ、路線形状データ、状況類似地区界データ、標準地データ, 用途地区データであり、これらを「地図マスター」と総称している。使用図は、西宮市の職員が、固定資産課税台帳に登録されている土地について、道路台帳図,都市計画図等を参考にして、地積測量図や納税義務者が固定資産税に関して行った申請・申告から得られた情報,徴税吏員又は兼任する固定資産評価補助員として納税義務者等に対して質問し、又は帳簿書類等を検査して得られた情報、第三者から提供を受けた固定資産評価の情報など、固定資産税額の決定に資する目的で土地所有者等から得た情報を基に、道路に接続している状況など土地の位置及び形状を図示し、位置及び形状に関する情報を保有していない土地についてはこれらを推測して図示している。地番図データファイルには、地番、筆界の座標値及び属性情報 (町コード3桁、地番本番4桁,地番枝番4桁,号番号1桁,整理番号2桁の数値情報)が含まれ、登記簿上1筆の土地内に非課税とされる部分がある場合は、当該部分の範囲を示す座標値も記録されている(以上につき、甲6, 弁論の全趣旨)。 (3) 原告(当時の商号: ○○株式会社)は、平成20年5月1日付けで、西宮市長に対し、本件条例に基づき、対象となる公文書を「西宮市に於ける平成20年1月1日の状況に整合させるための「土地評価用図面出力等業務仕様書」に基づいて得られた「修正地番図データファイル」の複製」として、公文書の公開請求をした (甲1)。 (4) 西宮市長は、平成20年5月16日付けで、原告が公開を求めている情報は前記(2)の地番図データファイルに含まれる情報(以下「本件情報」という。) であるとし、地番図データファイルは他のデータと共に「地図マスター」に一括して含まれていることから、前記(3)の公開請求の対象となる公文書を「地図マスター」と特定した上で、本件条例6条2号に該当するとして非公開とする旨の決定(以下「本件処分」という。)をし、そのころ原告に通知した (甲2,弁論の全趣旨)。なお、地図マスターに含まれる情報のうち、西宮市長が非公開とする情報は本件情報のみである(弁論の全趣旨)。 (5) 原告は、平成20年5月24日,本件訴えを提起した(当裁判所に顕著)。 2 争点 本件の争点は以下のとおりである。 (1) 本件条例6条1号該当性(争点1) (2) 本件条例6条2号該当性(争点2) (3) 本件条例6条5号該当性(争点3) (4) 本件条例6条6号該当性(争点4) 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1について (被告の主張) 地方税法22条は一般の地方公務員の守秘義務(地方公務員法34条,60条)より罰則を加重することにより、納税者など私人の秘密を手厚く保護している。地図マスターは西宮市総務局税務部の職員が地方税に関する調査事務に従事する過程で作製したものであり、徴税吏員としての権限なども背景に納税義務者から得られた私人の秘密を基に作製したものである。地図マスターを公開することはこの秘密を漏らすことになり、地方税法22条に違反することになる。 本件情報は、固定資産税の認定にあたり納税義務者の秘密に属する情報をその申請内容などから転記して作成されたものであり、守秘すべき重要な秘密というべきである。 (原告の主張) 地方税法22条が通常の守秘義務違反よりも罰則を加重しているのは、地方税の調査事務に関する情報には納税者の財産についての重要な秘密が含まれていることから、それを他人に知られないことを手厚く保護しようとしたものと解される。このような地方税法22条の趣旨にかんがみると、ある情報が同条の「秘密」に該当するためには、単に地方税に関する調査に関する事務に際して取得され、課税に供する目的で保有されているというだけでは足りず、当該情報が一般に知られておらず、かつ当該情報に地方税法22条の「秘密」として保護に値する客観的な利益が認められなければならないというべきである。 本件情報は、固定資産評価の根拠資料等を整理、保存するための公図様電子地図にすぎず、この情報自体は、個々の固定資産評価に直接の影響を与えるものではない。また、本件情報は、土地の区画及び地番の付番状況を示すものであり、不動産登記法120条等の規定により公にされているといえるし、その性質上、土地の位置に関する基礎的な情報として社会で共有されることが当然に予定されているともいえ、同条等の規定をまたずして公知性を有すると言っても過言ではない。課税の公平の見地からすると、本件情報は、積極的に公にされなければならない。 以上を総合すると、本件情報は納税者の財産上の秘密として重要ではないことが明らかであり、地方税法22条の「秘密」に値する客観的な利益は認められない。 (2) 争点2について (被告の主張) 地図マスターには筆界により区分された各土地の所有者名は記載されていないが、地番が記載されており、他の情報である登記簿と統合することにより所有者が容易に判明するから、特定の個人が識別される情報である(なお、正確には、地図マスターにより判明するのは筆界により区分された土地の区画及び地番ではなく、固定資産課税台帳に登録された各土地の固定資産課税上の区画状況である。)。地図マスターの情報は私人の資産についての秘密をもとに作成されたもので、一定の知識を有する者であれば、当該土地の課税地目,課税の有無、所有者などが推測でき位置及び形状から評価額,課税標準額が推測できる。また、筆界の記載がない場合や、地番の並列表記がなされている場合には、筆界を特定できない土地であることが推測でき、地番の記載がない場合は、課税がなされていないか、課税を保留していることが推測できる。 固定資産税の非課税は地方税法で規定されており、公衆用道路部分について固定資産税が課されないことは容易に知ることができる。座標値から特定できた場所は、現地又は他の一般的な地図と照合することにより、その一部が公衆用道路となっていることがわかる場合がある。本件情報が公開されれば、ある土地の納税義務者は土地の一部を公衆用道路として利用しているが、西宮市に非課税申請をしておらず、全体を宅地として評価されていることが判明し、ある土地の納税義務者は西宮市に非課税申請を行い、非課税の認定を受け、当該部分について固定資産税が課されていないことが判明する場合がある。 このように、地図マスターは個人の課税に関する情報であり、これによって財産の状態が明らかになるのであるから、他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報であることに間違いはない。 (原告の主張) 「個人に関する情報」を非公開情報の要件とした趣旨がプライバシーその他個人に固有の利益を保護することにあることからすると、ある情報が「個人に関する情報」に該当するためには、当該情報と他の情報とを組み合わせることで個人との間に何らかのかかわりを見いだせるというだけでは足りず、少なくとも当該情報自体から個人との間に社会生活上意味のあるかかわりを看取できなければならないというべきである。 本件情報には土地の区画割り及び地番の付番状況が図示されているにすぎず、各筆に付された属性情報も土地の実空間上の位置を示す町名や番号等にとどまるものであるから、誰との間でどのようなかかわりがあるのかはもちろん、かかわりがあるのが個人かどうかすらも窺い知ることはできない。 被告は、地図マスターには地番が記載されており、登記簿と結合することで所有者が判明するから特定の個人が識別される情報である旨主張するが,地番は、本来、土地の実空間上の位置が分かりやすくなるように個人のかかわりとは無関係に定められるものであるから、ある情報に地番が含まれていることは、それが直ちに個人のかかわりを意味することにはならないというべきである。被告のような解釈で「個人に関する情報」の該当性を認めてしまうと本件情報のように地番を含む情報がすべて「個人に関する情報」に該当してしまい妥当ではない。 公知性があるに等しい本件情報を公にしても特定個人の権利利益を損なうおそれはないし、本件情報には課税の公平の見地からこれを公にする公益上の必要性も認められるので、本件情報は「他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報に該当しない。被告は、本件情報から当該土地の課税地目,課税物件非課税物件の別課税評価額,課税標準額,課税免除又は課税留保の事実までも推測できると主張するが、本件情報はある地域における土地の区画及び地番の付番状況を示すものにすぎないのであって、そこから上記課税地目等を割り出すことはおよそ不可能であるし、そもそも被告の指摘する課税地目等の情報自体、「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報にはあたらないというべきである。 (3) 争点3について (被告の主張) 地図マスターは、固定資産税の課税のために、納税者から申請・申告を受け、調査し、現況に合わせた修正を加えている情報であり、土地の位置・形状を証明しようとするものではない。このような情報を公開すると、西宮市が土地の位置・形状を公的に証明したとの誤解を招くことは明らかであり、不当に市民の間に混乱を生じさせ、その内容が公図と異なる場合などには不要な紛争を発生させるおそれが非常に強い。したがって、地図マスターは、本件条例6条5号の意思形成過程情報である。 (原告の主張) ある情報が本件条例6条5号の非公開情報に該当するためには、それを公にすることで「市民の間に混乱を生じさせる」等の抽象的な可能性があるというだけでは不十分で、当該情報の類型的性質にかんがみて、法的に保護に値する蓋然性が客観的に認められるか、少なくとも実施機関がそう認めるに足りる実質的な根拠を有することが必要というべきである。 本件情報は土地の区画及び地番を表示した公図様電子地図であり、これを公にしたところで被告内部の意思決定の中立性が損なわれたり、市民の間に混乱が生じたりすることはない。地図マスターが土地の位置・形状等を証明するものでないことは通常人であれば容易に理解が可能であるし、被告と同県下の主要都市が地図マスターと同種の文書をすでに公開しているところ、そのことにより何らの混乱も生じていないから、被告に限ってそういった混乱が生じるとは解し難い。被告の指摘するおそれは単なる憶測や漠然とした不安感に基づくものというべきであって、実質的な根拠による裏付けがなされているものではないというべきである。 (4) 争点4について (被告の主張) 地図マスターは、固定資産に課税を行う目的のみに使用することを前提に、立入検査などによって収集した税務情報であり、今後も現況に合わせて修正するものである。税務情報は原則非公開であり、目的外に使用しないことを当然の前提として提供者から情報の提供を受けている。地番図データファイルを公開することは、情報提供者の信頼を裏切り、土地の形状及び一筆内の土地利用区分の状況に関して得られた情報を公開することであり、これによって今後収集すべき必要な税務情報の提供が阻害されることになる。 (原告の主張) ある情報が本件条例6条6号の非公開情報に該当するためには、それを公にすることで「事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じる」抽象的な可能性があるというだけでは不十分で、当該情報の類型的性質にかんがみて、法的な保護に値する蓋然性が客観的に認められるか、少なくとも、実施機関がそう認めるに足りる実質的な根拠を有することが必要というべきである。 本件情報は土地の区画及び地番を表示した公図様電子地図であり、これを公にしたところで、被告の事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を来す可能性は全くない。本件情報は、立入検査等によって収集した税務情報そのものではなく、そのような情報の一部を参考にして作製された地番図にすぎないのであって、かつそれ自体からは当該立入検査等で収集した税務情報を窺い知ることは不可能であるから、それを公にしたところで、以後の税務情報の収集が困難になることはあり得ない。このことは、被告と同県下の主要都市が同種文書を公開していることからも明らかである。 第3 当裁判所の判断 1 争点1について (1) 被告は、地図マスターは、徴税吏員としての権限などを背景に納税義務者から得られた私人の秘密を基に作製したものであるから、地図マスターを公開することは地方税法22条に違反する旨主張する。 地方公共団体は法令に違反しない限りにおいてその事務に関して条例を制定することができるとされていること(地方自治法14条1項)からすれば、本件情報が地方税法22条が定める「事務に関して知り得た秘密」に該当し、これを公開することが同条違反になると認められる場合は、本件情報が本件条例6条1号の「法令 (中略)の定めるところにより(中略)公にすることができない情報」に該当するというべきである。そして、地方税法が2年以下の懲役又は30万円以下の罰金という刑罰をもって守秘義務を課していることからすれば、職務上知り得た情報であればいかなる情報であっても地方税法22条にいう「秘密」に該当すると解することは相当ではなく、実質秘、すなわち、一般に知られていない事実であって、本人が他人に知られないことについて客観的に相当の利益を有すると認めるに足りる事実を指すと解するのが相当である。 (2) 本件について見ると、前記第2, 1, (2)のとおり、本件情報は、地番,筆界及び1筆の土地の一部の範囲を示す座標値及び属性情報 (町コード3桁、地番本番4桁,地番枝番4桁,号番号1桁,整理番号2桁の数値情報)であるところ、本件情報からは、西宮市が、ある土地について課税上土地の位置及び形状等をどのように捉えているかが判明することとなるが、これは、徴税吏員等が職務上知り得た情報そのものではなく、それらの情報を踏まえた上で、西宮市として当該土地を課税上どのように扱うのかについての判断を示したものであるから、地方税法22条にいう「事務に関して知り得た秘密」には該当しない。 また、仮に、本件情報が「事務に関して知り得た秘密」に該当するとしても、ある土地の位置及び形状は、これが明らかになったとしても、個人の財産状況等が明らかになるものではないから、同じく地方税調査事務の過程で取得される職業,所有する財産の種類・数量,収入額,課税標準額等とは明らかにその性質を異にするものと言わざるを得ない。したがって、本件情報に、一般に知られていない事実であって本人が他人に知られたくないことについて客観的に相当の利益を有すると認めるに足りる事実が含まれているということはできない。 2 争点2について (1) 被告は、地図マスターには「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報で、特定の個人が識別されうるもの」が含まれているとし、具体的には、地図マスターを公開すれば、①各土地の課税地目,課税の有無、所有者,固定資産評価額,課税標準額が推測できる, ②ある土地が筆界を特定できない土地であることが推測できる、③ある土地について、課税を留保していることが推測できる ④公衆用道路となっている部分について、課税対象となっているか非課税対象となっているかが判明する旨主張する。 (2) 本件情報を公開すると、登記簿等の他の情報と照合することにより、ある土地の町名及び地番更に当該土地の所有者が判明すると解されるので、本件情報は、「特定の個人が識別されうるもの」に該当するが、土地の所有関係は通常登記簿のみでも容易に判明するから、これが「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報に当たるとは解されない。 (3) 前記①のうち所有者の推測の点は前記のとおりであり、課税の有無の推測については後述の③の課税留保と同一に考えられる。本件情報のみから課税地目の推測が可能であるとは考えられず、登記簿及び現況等の他の情報との照合により課税地目の推測が可能となる場合もあるが、通常は他の情報のみでも推測が可能であり、本件情報が付加されてもそれほど推測の精度は高まらない。 また、本件情報を公開することで、ある土地の課税標準額が推測できるのであれば、当該土地の所有者の課税標準額ひいては納税額が推測できることになり、本件情報には、通常他人に知られたくないと望むことが正当と認められる個人に関する情報が含まれているといえる。 しかし、前記のとおり本件情報を公開することで、他の情報と照合することによりある土地の所有者が判明するとしても、固定資産税の課税の前提となる固定資産課税台帳に登録する固定資産の価格の算定にあたっては、当該土地について、地目の認定をし、例えば地目を宅地に区分した場合には、更に、地区の区分,主要な街路の選定、標準宅地の選定,画地計算法に基づく・補正等,所要の措置を講じることが必要となるところ、本件情報を公開したところで上記の各点についていかなる措置が講じられたのかについては何ら判明せず推測もできないから、本件情報を公開したとしても、固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格及び課税標準額、ひいては固定資産税の税額が判明するか推測できることにはならない。したがって、本件情報を公開することにより土地の固定資産評価額,課税標準額の推測が可能になるとの被告の主張は採用できない。 (4) 前記②ないし④については、確かに、本件情報が公開されれば、被告が主張するような事実が推測されたり、ある土地の一部が課税対象となっていること、又は非課税対象となっていることが判明するが、収入、税額等,まさに個人の財産状況が明確な数額をもって判明する場合とは明らかに異なり判明する情報は個人の財産関係の外延部分に過ぎず、その性質上,通常他人に知られたくないと望むことが正当である情報であるとまではいえない。 (5) したがって、本件情報に本件条例6条2号の非公開事由があるということはできない。 3 争点3について (1) 地図マスターは、固定資産税の課税客体となる土地について西宮市長の行う価格決定一般の基礎資料とする目的で作製し備え付けられたものであり、これに含まれる本件情報は、それ自体完結的であり(事実関係の変化及び新たな情報に基づく修正が予定されていることは未完成段階の未成熟不確定な情報であることを意味しない。),本件情報に基づきなされる前記価格決定の過程における被告内部の検討、審議等に関する情報は本件条例6条5号の「意思形成過程に関する情報」に当たるとしても、本件情報自体がこれに当たるとは解されない。 (2) 仮に、本件情報が前記意思形成過程情報に当たるとしても、本件条例が、市民の知る権利を尊重し、公文書の公開を請求する権利を保障することにより、市の活動を市民に説明する責任が全うされるようにするとともに、市民参加による開かれた市政の推進を図り、市民の市政への信頼を深め、市政の公正な運営の確保に努めることを目的としていること(本件条例1条)にかんがみれば、本件条例6条5号該当性の判断に当たっては、「おそれ」の程度については、抽象的なものでは足りず、弊害又は危険の発生が具体的かつ現実的に予想されることが必要であると解するのが相当である。 (3) 被告は、本件地図マスターを公開すると、西宮市が土地の位置・形状を公的に証明したとの誤解を招くことは明らかであり、不当に市民の間に混乱を生じさせ、その内容が公図と異なる場合などには不要な紛争を発生させるおそれが強い旨主張する。 しかし、地図マスターは、飽くまで西宮市が固定資産評価に用いるために作製したものにすぎず、西宮市において、市民が土地の位置・形状に関する公的な証明を求めた際に用いられるものではない。また、地図マスターに記録されている内容をもって土地の位置・形状を西宮市が公的に証明するものと取り扱うこととする法令上又は条例上の根拠はなく、実務上そのような取扱いがなされていると認めるべき証拠も、一般市民の間において広くそのように認識されていると認めるべき証拠もない。本件情報が公開されると、これが土地の境界の判断等の資料に利用されることも十分予想されるが、本件情報を含む地図マスターの前記性格が誤って理解され、その結果被告の主張する混乱が生ずることが具体的かつ現実的に予想できるとは解されないから、「不当に市民の間に混乱を生じさせるおそれ」があるということはできない。 4 争点4について (1) 本件条例6条6号該当性の判断に当たっても、本件条例6条5号該当性の判断の場合と同様、「おそれ」は抽象的なものでは足りず、具体的かつ現実的であることを要すると解するのが相当である。 (2) 被告は、地図マスターを公開することは土地の形状及び一筆内の土地の利用区分に関する情報提供者の信頼を裏切ることになり、以後必要な税務情報の提供が阻害される旨主張する。 しかし、地図マスターの作製に際して地方税法に基づく立入調査等によって情報を収集することがあるとしても、地図マスターには提供者から提供を受けた情報や質問調査権の行使により取得した情報がそのまま記録されているのではなく、提供者から提供を受けた情報等を踏まえた西宮市の判断が記録されているのであるから、これを公開することとしても、情報提供者の信頼を裏切ることにはならない。また、その点を措くとしても、地図マスターを公開することで、今後、西宮市が行う調査について、市民の協力が得られなくなるというような事態が発生することが具体的かつ現実的に予想できることを認めるべき証拠もない。そうすると、地図マスターを公開したとしても、西宮市の「事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがある」と認めることはできないといわざるを得ない。 第4.結論 以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所第2民事部 裁判長裁判官 佐藤 明 裁判官 島戸 真 裁判官 佐々木 隆憲
大阪高等裁判所 平成21年(行コ)第65号 公文書非公開決定取消請求控訴事件
平成21年9月10日判決言渡 同日原本領収裁判所書記官 平成21年(行コ)第65号 公文書非公開決定取消請求控訴事件 (原審・神戸地方裁判所平成20年(行ウ)第33号) 判 決 兵庫県西宮市六湛寺町10番3号 控訴人 西宮市 同代表者兼処分行政庁 西宮市長 控訴人訴訟代理人 被控訴人 主 文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 被控訴人は、西宮市長に対し、西宮市情報公開条例(本件条例)に基づき、「西宮市における平成20年1月1日の状況に整合させるための「土地評価用図面出力等業務仕様書」に基づいて得られた「修正地番図データファイル」の複製」の公開請求をしたところ、同市長は、同年5月16日付けで、同請求に係る公文書を非公開とする決定 (本件処分)をしたので、被控訴人がその取消しを求めた。 原審は、被控訴人の請求を認容したので、控訴人が控訴した。 前提事実,争点及び当事者の主張は、原判決「事実及び理由」第2の1ないし3のとおりであるからこれを引用する。なお、当審における当事者の主張を以下のとおり付加する。また、略称は原判決の例による。 1 当審における控訴人の主張 (1) 6条1号該当性 所有する土地に対する課税の有無・課税額などは納税者の秘密であり、その公開は地方税法22条に反する。本件情報は、土地の区画、付番状況のほか、位置,形状及び一筆内の土地利用区分(課税区分)をも含み、西宮市徴税吏員が質問検査権等の権限を背景に職務上知り得た情報を、そのまま地図情報として転記したものである。そして、地区の区分,主要な街路の選定、標準宅地の選定及び路線価等は公開されており、地目の認定方法や評価の手法(価格補正の適用基準等)が記載された固定資産評価基準及び西宮市土地評価要領は、担当部署の窓口に備え付けられていて容易に入手できるから、土地の位置・形状が公開されれば、課税の有無や課税標準額等を推測できる。特に、本件情報が公図と異なる場合は、一般に知られていない情報であり、守秘義務の対象たることが明らかである。 (2) 6条2号該当性 神戸地方法務局西宮支局の管轄する地域で、不動産登記法14条に基づく地図(以下「14条地図」という。)が整備されているのは一部だけであり、地図に準ずる図面 (公図) の相当部分は土地の位置・形状が現況と一致しないから、このような土地では本件情報によってはじめて課税地目の推測が可能になる。 また、地区の区分、主要な街路の選定、標準宅地の選定及び路線価等は公開されており、地目の認定方法や評価の手法 (価格補正の適用基準等)が記載された固定資産評価基準及び西宮市土地評価要領は、担当部署の窓口に備え付けられていて容易に入手できるから、土地の位置・形状が公開されれば、課税の有無や課税標準額等も推測できる。そして、非課税ないし課税留保地であることからは税額が0であることが判明するし、課税留保地であることは権利が不安定であると推測させる情報であるから、通常他人に知られたくないと望むことが正当である情報に当たる。 (3) 6条5号該当性 上記のとおり、神戸地方法務局西宮支局の管轄する地域で14条地図が整備されているのは一部だけであり、公図の相当部分は土地の位置・形状が現況と一致しないから、本件情報が公開されると、これを取得した者は、土地の位置・形状の公的証明又は少なくとも西宮市の認定を得たと考えるであろうことが容易に推認でき、公開は「不当に市民の間に混乱を生じさせるおそれ」「特定の者に不正に利益を与え、若しくは不利益を及ぼすおそれ」がある。 (4) 6条6号該当性 本件情報の根拠となる情報は、固定資産課税のためにのみ使用することを前提に提供されたものであるから、本件情報の公開は、提供者の信頼を裏切ることになる。そして、本件情報は、土地の現況に合わせた修正が予定されており、情報提供者の信頼と協力が不可欠であるから、公開すると、「事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれ」がある。 2 当審における被控訴人の主張 本件公開請求の対象であるデータファイルの公開によって知ることができるのは、西宮市が賦課期日時点において固定資産税の課税上土地の位置及び形状をどのように把握しているか、であり、法務局が把握している土地の位置関係を、現況の利用単位に即して修正したものであって、非公開とすべきものではない。 なお、本件条例6条2号の「特定の個人が識別されうる」情報とは、その情報自体から識別すべき個人を具体的に看取できるものと解すべきである。 第3 当裁判所の判断 当裁判所の判断は、以下のとおり付加・補正するほか、原判決「事実及び理由」 第3に記載のとおりであるから、これを引用する。 1 争点1について 本件情報のうち、土地の区画、付番状況,位置,形状は、不動産登記(不動産登記法14条に定める地図を含む。)によって公開が予定されているから、地方税法22条にいう「秘密」にあたらず、したがって、本件条例6条1号にもあたらない。なお、土地課税台帳については、登記されている土地の登記記録上の所有名義人,所在,地番,地積等を転記することとされている(地方税法381条1項) 趣旨に照らせば、固定資産税は登記記録上の土地区画を前提に課税されるものと解され、仮に本件情報と公図とが齟齬するとしても、本件情報は、固定資産課税のための固有の土地区画を示しているのではなく、本来不動産登記法に基づいて公開されるべき情報を、公図とは異なる精度で表したにすぎないと解すべきである。なお、個々の土地に関する上記各情報が税務調査によって取得されたとしても、そのことのみをもって、当該情報が、「秘密」 に当たると言うことはできない。 また、本件情報のうち、一筆内の土地の利用状況・課税区分は、不動産登記によって公開が予定されている情報ではないが、本件情報には具体的な地目に関する情報は含まれず、一筆内に土地の利用状況・課税区分の異なる部分があること及びその範囲がわかるにすぎないし、土地の利用状況は通常外部から容易に認識できることにかんがみると、やはり上記「秘密」にあたるとは解されず、したがって本件条例6条1項にもあたらない。 さらに、ある土地に対する課税の有無や課税標準額等が「秘密」に該当し、かつ、本件情報に含まれる個々の土地の位置・形状に関する情報と、公開され又は容易に入手できる情報(地区の区分、主要な街路の選定、標準宅地の選定及び路線価等や、地目の認定方法や評価の手法等)とによって、これらを相当程度推測できるとしても、当審において控訴人が固定資産税評価額推測の具体例として挙げる事例によっても、専門的知識に基づき複雑な算定過程を経てようやく推計し得るにすぎないことに照らせば、本件情報の開示によって「秘密」「が開示されたと解することはできない。 2 争点2について 上記1に判示のとおり、個々の土地の位置、形状に関する情報は、不動産登記により公開が予定されているから、「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報」に当たらない。管轄登記所(神戸地方法務局西宮支局) に14条地図が一部しか整備されておらず、公図も相当部分が現況と一致せず、本件情報の方がこれより精度が高いとしても、本件情報を公開することにより不動産登記法が予定しない範囲の情報を開示し、法の趣旨に反することにはならない(むしろ、不動産登記制度が本来実現しようとしている状態に近づいているといえる。)から、上記結論は左右されない。 そして、本件情報に含まれる個々の土地の位置・形状に関する情報と、公開され又は容易に入手できる情報(地区の区分、主要な街路の選定、標準宅地の選定及び路線価等や、地目の認定方法や評価の手法等)とによって、当該土地に対する課税の有無や課税標準額等を相当程度推測できるとしても、不動産を対象とする固定資産税の性質上やむを得ない面があり、本件情報自体について通常他人に知られたくないと望むことが正当であるとはいえない。 3 争点3について 本件情報を公開することにより、「不当に市民の間に混乱を生じさせるおそれ」「特定の者に不正に利益を与え、若しくは不利益を及ぼすおそれ」が生じると認めるに足りる証拠はない。西宮市における14条地図が整備されておらず、公図の相当部分が現況と一致せず、本件情報の方が事実上公図より精度が高いとしても、これを取得した者が、土地の位置・形状の公的証明ないし西宮市の認定を得たと考えるとは必ずしも認められず、かえって、甲7ないし9の 各1・2,甲10の2・3,甲11の1・2,甲16,甲17,甲18及び19の各1・2,20及び弁論の全趣旨によれば、控訴人以外の市町村で本件情報と同種の情報を公開したものが複数あるが、公開により控訴人が主張するような混乱や不利益等は特段生じていないことが認められる。 4 争点4について 上記1,2のとおり、本件情報は、地方税法22条の「秘密」や本件条例6条2号の「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報」に当たるとは解されないし、多くの場合、土地の位置,形状や利用状況などは現地の見分により、所有者等は不動産登記により、いずれも第三者が容易に知りうることがらであるから、本件情報の根拠となる情報の提供者が、非公開と信頼していて、これに反すると爾後の情報提供に応じない蓋然性が高いとは認めがたい。そうすると、公開により「事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれ」が生ずるとはいえない。 第4 結論 よって、主文のとおり判決する。 (当審口頭弁論終結日 平成21年6月30日) 大阪高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 小野 洋一 裁判官 久保田 浩史 裁判官 平井 健一郎
最高裁判所第三小法廷 平成21年(行ヒ)第464号 (上告不受理決定)
調 書(決定) 事件の表示 平成21年(行ヒ) 第464号 決定日 平成22年7月6日 裁判所 最高裁判所第三小法廷 裁判長裁判官 岡部 喜代子 裁判官 那須 弘平 裁判官 田原 睦夫 裁判官 近藤 崇晴 当事者等 別紙当事者目録記載のとおり 原判決の表示 大阪高等裁判所平成21年 (行コ) 第65号 (平成21年9月10日判決) 裁判官全員一致の意見で、次のとおり決定。 第1 主文 1 本件を上告審として受理しない。 2 申立費用は申立人の負担とする。 第2 理由 本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。 平成22年7月6日 最高裁判所第三小法廷 裁判所書記官 三枝かほる 当事者目録 申 立 人 西宮市 同代表者市長 河野昌弘 同訴訟代理人 相 手 方